パフォーマンスに関わる栄養・休息のススメ
代表チームのサポート経験を持つアスレティックトレーナーが実践する戦略的リカバリー
ここ一番の試合や大事な大会で最大限のパフォーマンスを発揮するためには、トレーニングだけでなく、実はトレーニング後の積極的なリカバリーにより万全のコンディションに整えることが必要です。疲労が蓄積している状態でプレーを続けても、最高のパフォーマンスを発揮することは難しく、さらには怪我のリスクも高くなってしまいます。パフォーマンス向上のためには、トレーニングと同じくらい、リカバリーにも意識を向け、対策をとることが重要です。
「身体疲労」は、5種類に分けられる
効率的なリカバリーを実践するためにまず知っておくべきことは、身体疲労には5つの種類があるということ。適切なリカバリーの対策をとるために、今自分には以下のどのタイプの疲労が蓄積しているのか、を把握しましょう。
1)エネルギーの枯渇
身体は運動によってエネルギーを消費しますが、そのエネルギーは主に食事から摂取する栄養素によって作られます。消費したエネルギーに対して、十分な栄養素の摂取が行われない場合にエネルギーの枯渇状態となり、身体はエネルギーを節約しようとするため、運動能力が低下します。運動中や運動後にしっかりと栄養補給を行うことで、エネルギーの枯渇による疲労を防ぐことにつながります。
2)生体恒常性のアンバランス
「生体恒常性」とは、外部の環境変化に対し、生体を安定した恒常的な状態に保とうとする仕組みのことを指します。このバランスが崩れると人間は疲労を感じます。例えば、暑い夏のトレーニングで、十分な水分補給が行われず脱水状態になり深部体温が上昇すると、水分や電解質のバランスが崩れ、筋肉の働きが悪くなり、場合によっては頭痛や倦怠感が生じることがあります。この状態を回避するには、適切な水分補給と栄養摂取が必要です。水分補給の際は水だけでなく、発汗によって失われる電解質を含むスポーツドリンクなどの補給も大切です。
3)中枢性(脳)の疲労
運動中、人間の脳はさまざまな情報処理を行い、その間に脳は絶え間なくエネルギーを消費します。この状態が続くと中枢性(脳)は疲労し、運動中の集中力や判断力の低下を招き、パフォーマンスの低下につながります。中枢性(脳)の疲労状態を回復するには、適切な休息とストレス管理が必要で、十分な睡眠をとることは特に重要です。
4)疲労物質の蓄積
高い負荷のトレーニングや長時間にわたる運動後は、エネルギーを生成する過程で産出される疲労物質が、体内の血液やリンパ液の停滞(浮腫)によって蓄積されます。この疲労物質の蓄積をそのままにしておくと、筋肉の動きが鈍くなり、パフォーマンスの低下につながります。これを防ぐには、運動後に素早く疲労物質を取り除くことが大切です。そのためには、十分な栄養補給や睡眠はもちろんのこと、アクティブリカバリー(軽い運動)や、交代浴などを行うことで血液の循環を促進させることも効果的です。
5)筋緊張・微細な筋損傷
高い負荷の運動や試合の後には筋肉に微細な損傷が起こり、筋肉が緊張したり、硬くなったりすることで、柔軟性の低下や筋肉痛を引き起こす場合があります。これらも疲労の一種であり、症状が強い場合には回復に2~3日程度の時間を要すこともあります。筋の修復にも、バランスのいい食事と十分な睡眠は欠かせません。またストレッチやマッサージによって筋肉をほぐすことも効果的です。筋損傷に伴う炎症を抑えるためには、損傷部位の冷却が必要な場合もあります。
状況に応じて疲労をコントロールし、リカバリーを
大事な試合や大会で高いパフォーマンスを発揮するには、大会のスケジュールを踏まえたトレーニング負荷の管理やリカバリーを実施し、疲労をコントロールする必要があります。私は7人制ラグビーのアスレティックトレーナーを務めていた経験がありますが、7人制ラグビーは1日に複数回試合が行われることもあり、選手はハードなスケジュールの中で高いパフォーマンスを発揮しなければなりません。そのため、選手の疲労状態や試合のスケジュールを念頭に戦略的なリカバリー計画を立て、チームをサポートしていました。ここからは、競技活動の3つのステージ(試合直前・試合当日・試合直後)において、戦略的なリカバリーを実践するためのポイントを解説していきます。
試合直前:トレーニングの負荷を調整し疲労を取り除く
大事な試合や大会でパフォーマンスを出すために、当然トレーニングを積んでいくわけですが、試合直前にはトレーニングで蓄積してきた疲労物質を取り除くためのリカバリーが必要になってきます。その方法のひとつとして、トレーニングの量や負荷を調整することで疲労を抜く方法があります。試合の前は気持ちの焦りなどからハードなトレーニングを続けてしまう人もいるかもしれません。しかし、それではパフォーマンスの最大化はかえって難しくなってしまいます。試合直前は、トレーニングの量や負荷を調整することに加えて、食事による栄養補給、十分な睡眠によって、疲労物質を取り除くことを心がけましょう。
試合当日:食事・水分補給で試合中のエネルギーの枯渇を防ぐ
試合当日は試合中のエネルギーの枯渇を防ぎながら、パフォーマンスを発揮しやすい身体の状態を意識した食事や水分補給が必要です。食事は試合の3~4時間前には済ますようにして、試合の1~2時間前にバナナやゼリーなど消化の良いものを補食として摂るとよいでしょう。水分補給には水だけでなく、糖質と電解質が含まれたスポーツドリンクも補給することで試合中のエネルギーの枯渇や脱水を防ぎます。暑い夏の試合では、頸部にアイシングのアイテムや冷却タオルを当てるなどして、過度な体温の上昇を防ぐための対策をとりましょう。
また試合中もエネルギーの枯渇や体温の上昇でパフォーマンスが低下してしまうことがあります。試合中にも、必要に応じて水分やエネルギーを補給すること、適度に身体を冷却することで、パフォーマンスを維持するように心がけましょう。
試合直後:次戦に向けて早く疲労を取り除くための対策
試合後は試合で蓄積した疲労のリカバリーに専念します。特に次の試合が連続するスケジュールの場合は、いかに疲労を残さないかが重要です。筋損傷の炎症を抑えたり、神経系の興奮を抑制したりするために、アイスバス(氷の入った水風呂)などを活用して身体を冷却できると理想的です。そのような備えがない場合には、ビニール袋に氷を入れたアイスパックを当てたり、水シャワーで代用するとよいでしょう。また栄養バランスの良い食事、睡眠は欠かせません。ここでも食事、睡眠への意識は緩めないようにしましょう。また試合は肉体的なものだけでなく、精神的な負荷もかかります。試合後に心のリフレッシュとなるような、精神面のリカバリーも忘れず行いましょう。
また試合の翌日は完全なオフにするのではなく、ジョギングやバイクなどの軽い有酸素運動やプールでの水圧を利用したウォーキングやストレッチなどのアクティブリカバリーを積極的に実施することで、血液の循環を促し疲労物質を取り除くことも意識しましょう。ただし激しいコンタクトを伴うスポーツの試合後は、軽運動が逆効果となることもあるのでタイミングには注意が必要です。
自分の疲労状態・疲労の種類を知り、戦略的なリカバリーを実践しよう
ここまで解説してきたように、どのような種類の身体疲労を抱えているか、次の試合までどれくらいの時間があるのか、などによって講じるべきリカバリーの対策は異なります。戦略的なリカバリーを実践するためにも、まずは自分の疲労状態を正確に把握することは欠かせません。そのためには、専門家に相談することが理想ではありますが、全ての人がすぐに専門家にアクセスできるわけではありません。そのような場合に、コンディションチェックツールなどのサービスを活用し、その結果をひとつの参考とするのもよいかもしれません。これをきっかけに自分に合った戦略的リカバリーの方法を見つけ、さらなるパフォーマンス向上を目指しましょう。
安永 華南絵(やすなが かなえ)/アスレティックトレーナー・株式会社ユーフォリア
2015年から女子7人制ラグビー日本代表チームのアスレティックトレーナーとして活動。女性アスリートのコンディション管理に努めながら東京オリンピックに帯同。2022年11月より株式会社ユーフォリアのユーザーサポートに従事。