パフォーマンスに関わる栄養・休息のススメ
アスリートの実践から学ぶ、パフォーマンスを高めるための睡眠とは?
よく眠ることは、アスリートにとって、リカバリー(疲労回復)やパフォーマンス向上の観点から必要不可欠なもの。今回、日本ラグビーフットボール選手会と専門家チームによる共同プロジェクト「よわいはつよい」のメンバーとしてメンタルヘルスと向き合いながら、横浜キヤノンイーグルスで現役選手として活躍する川村慎氏と、同プロジェクトに専門家として関わる小塩靖祟氏にインタビュー。お二人に、睡眠とパフォーマンスとの関係や、トップアスリートが実践する睡眠の質を上げる工夫について、聞いてみました。
横浜キヤノンイーグルス
川村 慎 氏
プロラグビー選手として、横浜キヤノンイーグルスに在籍。2016年に日本ラグビーフットボール選手会を立ち上げ、副会長(4年)・会長(2年)を経験。現在は、「よわいはつよいプロジェクト」メンバーとして、アスリート発信のメンタルヘルス啓発活動を行う。
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 研究員
小塩 靖崇 氏
2017年から国立精神・神経医療研究センターにて、若者のメンタルヘルスに関する研究に従事。アスリートのメンタルヘルス支援プロジェクトの立ち上げに尽力し、若年層が健康かつ幸せに育つ社会を目指し、研究と実践の橋渡しを行っている。現在はメンタルヘルス最先端のオーストラリア・メルボルン大学にて研究に従事している。
アスリートは、リカバリーと翌日のパフォーマンスのため、睡眠にこだわる
心身ともに健康であるためには睡眠が重要であることは広く知られています。ここでは、アスリートや専門家が睡眠をどう捉え、どう向き合っているのかについて焦点を当てます。
―そもそも睡眠はアスリートのパフォーマンスにどのように影響するでしょうか。
小塩氏:睡眠に関する調査で、大学生のバスケットボール選手が睡眠時間を長くとった場合(通常よりも110分ほど長い10時間睡眠を指導)、その成果を約2カ月間、経過観察したところ、スリーポイントシュートの成功率が9.2%上がったというレポートがあります(※注1)。また筋力も断眠状態(眠るべき時間に眠らないこと)だと、本来のパフォーマンスが出せないということも分かっています。
―実力を発揮するためには、やはり睡眠は大切なんですね。
小塩氏:皆さん、睡眠が大切だというのは重々承知だと思うのですが、日本人は平均の睡眠時間が他国に比べて短い傾向にあります。個人差はあるのですが、一般的に7~9時間は眠ることが理想的です。これについてはガイドラインも出ています。これといった明確な時間は示されていないのですが、トレーニング後のリカバリーのために睡眠が必要と考えると、アスリートは、一般の人よりも睡眠時間は意識して長めにとる必要があるだろうと考えられます。
―睡眠時間が短いと、アスリートにはどういう影響があるのでしょうか。
小塩氏:主に筋力と認知の2つに影響します。ここでの認知はプレーの中でいかにまわりの状況を瞬時に把握できるかという力、集中力のことです。サッカーやラグビーなどの球技では特に重要視される力ですね。以前、川村選手はトレーニング中にこの認知への影響を実感されたことがあると言ってましたよね。
川村選手:そうですね。前日の睡眠時間が短いと明らかに影響があります。特に認知力が下がるのを感じます。チーム競技であれ、個人競技であれ、認知力が下がってしまうと自分のパフォーマンスも落ちます。もちろん、コンディショニングにも悪影響があります。
小塩氏:それにケガもしやすくなりますよね。
川村選手:睡眠不足に、いいことは何もないですね(笑)。
小塩氏:先ほど、睡眠において十分に時間を確保してくださいという話をしました。でも実は、寝るタイミング、時間帯も大事です。時間をとればいいと勘違いして、週末に寝だめをしようとすると体内リズムが狂ってしまいます。狂ってしまうと、体調に影響が出てしまい、身体の中でジェットラグ、いわゆる時差ボケのような状態になってしまいます。睡眠時間も大事ですが、寝るタイミングも大事。要するに規則正しい生活をするのが両方をクリアするポイントです。
―寝るタイミングでいうと、何時に寝るべきというのはありますか。
小塩氏:人それぞれ寝やすい時間帯というのがあって、つまり、その人の体質、朝型なのか、夜型なのかによって違います。ですから自分が寝入りやすい時間帯を見つけて、その時間に寝るというのが大事です。
―自分自身の認識で朝型か夜型か、決めてもいいのでしょうか。
小塩氏:朝型夜型の傾向をチェックするツールはありますが、自分で判断する方法としては、例えば、寝て起きたときに眠気が残っていないか、目覚めがいいか、日中に眠くならないかなどを基準にしていただくのがポイントだと思います。
―川村選手の現在の睡眠習慣を教えてください。
川村選手:今シーズン、寝るタイミングを見直しました。以前は22時もしくは23時くらいに寝れば、なんとか思い通りに動けました。ですが、所属チームが変わって、チームスケジュールも変わり、練習がハードになりました。それで今では20時もしくは21時には寝るようになったんです。
―健康的ですね。朝は何時に起きるのでしょうか。
川村選手:起床は、5時半もしくは6時くらい。時には昼寝をすることもありますが、調子はすごくいいですね。ちなみにシーズンの途中でめちゃくちゃコンディションが落ちてしまったときがあって、ケガ明けというのもありましたが、なかなか本調子に戻せませんでした。そこで、先ほどお伝えしたように寝る時間を見直した結果、パフォーマンスが伸びたんです。この経験を通じて、睡眠時間の長さだけでなく、寝るタイミングが大事というのも強く実感しました。
―しっかり寝ていないとパフォーマンスはどうなりますか。
川村選手:すぐに疲れてしまいます。全然走れないとき、アスリートはパフォーマンスを上げようと、よりハードなトレーニングをしようとしてしまいます。僕もシーズン前半にそれをやってしまって……結局、3試合、出場できませんでした。練習が足りないから練習量を増やすのではなく、ちゃんと休息し疲労が回復しているか。トレーニングを見直す前に、前提となる習慣、例えばトレーニング後のケアや睡眠、食事などで見過ごしているものがないか考えてみることが大切です。
―アスリートとして、良質な睡眠をとるために工夫していることはありますか。
川村選手:僕の場合、真っ暗な方がしっかりと寝られます。ですからアイマスクをして、寝室のカーテンも遮光カーテンにして光が入らないように気を付けています。そして朝、起床のときにはまずは電気をつけて光を浴びる。多少眠くても電気をつける。とにかく光を浴びるようにしています。スマホのアラームも設定していますが、それ以外は音が気になる方なので、静かな環境になるように心掛けています。
―ほかに良質な睡眠のために心掛けていることはありますか。
川村選手:夕食は特に消化の良いものを食べるようにして胃に負荷がかからないように気を付けています。腹八分しっかりと食べるものは食べるんですけど、脂っこいものや消化に時間がかかるものは避けます。それにエアコンや加湿器、オイルヒーターなども活用して、温度・湿度管理をしっかりとして快適に眠れるよう万全の環境を整えています。
一般論はあくまで参考に、自分の実感値が大事
―ご自身にとってベストな睡眠スタイルはどのように見つけていくのですか。
川村選手:一般論を参考にするのはいいのですが、一番大事なのは、自分の身体を自分で知ることです。自分の思っているように動けるとか、走っていて疲れにくいとか、朝起きた時に疲労が抜けているかとか、そういう自分の良い状態を作り出すための睡眠の条件をしっかりと見極めることが大事ですね。
小塩氏:睡眠については、一般的な関心も高く、最適な睡眠時間や睡眠環境などいろいろな情報が発信されています。それらは参考にしていただいた上で、自分にとってどうなのかを知ることもとても重要です。メディアで目に触れる情報を全てうのみにするのではなく、自分自身の身体と向き合い、何が自分にとって最適かということも大切にしていただきたいです。そのためには川村選手のようにいろいろな方法を試してみることも必要だと思います。
―最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。
川村選手:今回、僕たちが監修させていただいたグリコさんのコンディションチェックツールや、このインタビューが、読者の皆さんが自分自身と向き合い何かにトライするきっかけになるとよいと思っています。それがパフォーマンスを伸ばすことにつながるはずです。
小塩氏:グリコさんのような企業がスポーツ科学の領域でいろいろな研究やツール開発にチャレンジすることは非常に意味があることだと思います。私も「よわいはつよい」プロジェクトの取り組みや研究を通じて、皆さんが参考にできるような情報発信を行い、一人ひとりが睡眠やメンタルヘルスについて考えるきっかけの場づくりをしていきたいです。
―貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
※注1
論文:「CheriMah_EN_The Effects of Sleep Extension on the Athletic Performance of Collegiate Basketball Players」